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更科のそばはご存知でしょうか。
大阪は道頓堀は蕎麦の更科については先日ご紹介した通りです。元祖天王寺のお店も有名です。

故に、今日は更科そばを巡る「蕎麦の周辺」についてぶらぶら書き連ねてみました。

この更科の蕎麦は極論すれば完成されています。それはなぜか!?私は「近代化された蕎麦の至宝ともパイオニア」とも呼んでいます。いろんな蕎麦屋がありますが、打ち方、味の系統、盛り付けのスタイル等々、大半が東京の更科の亜流なんですね。

だしの味についても極論すれば、田舎に行くほど極端な味付けになり、それはそれで言い訳ですが、近代の都会の味付けはやはり洗練され棘(とげ)がなくマイルドで深い味わいと濃厚さがあります。当然だし一つをとっても都市圏の方が食材が豊富な訳ですから、魚に昆布、醤油と自在にその味の世界が自ずと広がります。

これはウイスキィーに例えれば、モルトウイスキィーやグレーンウイスキィーが決して不味い訳でではないけれど、歴史はやはり両者の良さを掛け合わせたブレンデッドウイスキィーの完成度の高さと、そして極端な自己主張をしない飲み安さ、更にじっくりと沸き立つフレバーなピートとオークの香りを味方に付け寝かされ熟成された貴賓沸き立つ黄金色のブレンデッドウイスキィーの存在を求めたのです。

そうだから、ブレンデッドウイスキィーは酒好きの飽くなき欲求が生み出した進化したウイスキィーと表現される所以なのです。

そして、私の主張は、普段我々が何気なく食べる現在の蕎麦の打ち方、切り方、だしの取り方、食べ方、前述の蕎麦の近代化のスタイルを確立したのが、実は東京の更科の影響が大である・・・というものです。

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参考までに、蕎麦屋の老舗中の老舗である「更科・砂場・藪」の三つを称して、【蕎麦三大系列】と呼ぶそうです。更に、「出雲(島根県)、戸隠(長野県)、わんこ(岩手県)」 の三つを称して【三大そば】と呼びます。これは食べ方の盛り付けやスタイルが影響しているようですね。参考までに、「出石皿そば」はまだまだ若いですからね。出石そば自体は約三百年の歴史はありますが、「皿そばスタイル」はつい最近で大昔からあったものではありませんよ。長野県=信州ですから、「信州そば」という表現は、そのルーツの関係で、「行者そば」「戸隠」に含まれたもので、まあ同等のものと考えて差し支えないと想います。

因みに、東京の「更科」加えて「深大寺」と「出石そば」と福島県の「会津そば」のルーツがやはり、保科正之と仙石政明の関係で信州であることは有名なんですが、「会津そば」には”会津そば口上”という特異な文化遺産もあり、別の説を称えているケースもあります!?「深大寺そば」は信州とは直接は関係ないようですが、有名になったのとそのルーツは又別ものですので調べてみると面白いかも知れませんね。

さて、今回のシームとしては、「更科の蕎麦を食わずして、そばを語るな」です。(By 酔いどれ吟遊詩人談)・・・なんて云いたくなる様な更科のそばなんですが、私の想う勝手な表現をすれば、それは近代蕎麦のパイオニアでありサラブレッドでもあり、スキャンダルな話題の提供者でもあり、蕎麦のステータスを上げた功労者とでも云えるのではないでしょうか?

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東京の更科そばのルーツとしては、信州下高井田郡保科村から江戸に出た布屋清助なる人物の八代目布屋清兵衛が、今の麻布永坂に、なぜか名を太兵衛に改め「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」という店を出したのがルーツです。

では大阪の更科そばのルーツは?

そこで、「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」の店で、つまり大阪の更科の先々代である毛受辰蔵なる人物が修行し、明治初期の大阪天王寺に初代更科として創業したのである。そして、次の先代が道頓堀に移してから、創業が昭和2年(1927年)といいますから、今年2009年で82年になります。凄いですね。

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更に、更科についてお知りになりたい方は、東京でのキーワード「三つの更科 麻布十番」で検索してみて下さい。面白いですよ。

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           <酔いどれ吟遊詩人メモ>

今回、道頓堀の更科のホームページを拝見して、新たな学びがあったので紹介しておこうと思います。更科という名前の由来についてなのですが、平安時代に菅原孝標女が書いた「更級日記」に読みが似ているので、何とは無しに「万葉集」とか「古今和歌集」とか「新古今和歌集」など々の古典からの引用か、祭事の用語、平安・奈良の古代王朝文化の名残の言葉だろうとか想像していました。更に、日本史に「保科正之」が出てきたり、古い知人に「仁科」さんという苗字の人がいたので恐らく由緒正しい起源の言葉位に思っていたというところでしょうか。

さて、当らずも遠からずなんですが、若干違いましたがいい線いってましたね。笑い^^!
ま〜詳細は、インターネットでもご確認頂くとして、「更科」の更は、信州の地名更級から取り、そして科は大当たり信州高遠藩の領主保科家の科を取っていましたね。(科も級もだんだん畑の様な坂の地形を現しているそうです。)因みに、会津藩の藩政基礎の創立者保科正之は、幼少期に保科家に預けられているので、保科の名を継いでいますね。そして、会津藩は三代目藩主の時に松平の姓をもらっています。
ウィキペディアによれば、更級も更科も、大半が信濃国(長野県)の更級に由来するそうです。前述の「更級日記」は、「古今和歌集」の更級を詠った一首から引用したものだそうです。成程、合点ですね!

    ☆☆☆☆☆☆ 信州絡みで面白いでしょう。☆☆☆☆☆☆

因みに、信州高遠(現在伊那市)と云えば、「信州そば」発祥の地であり、世に云う「高遠城の戦い」はつとに有名ですよね。織田信長の長男信忠に攻められ、武田信玄の五男である「仁科五郎盛信」が当時要塞堅固と名高い「高遠城」で自害したエピソードはつとに有名です。はい恐らく全国の「仁科」さんの名は、ここからきているのでは・・・と推察する次第です。

更に、信州高遠藩と云えば、「絵島生島事件」ですね。あの大奥で月光院付きの年寄り絵島が流されたのが、時の藩主内藤家なんですよね。これを策略したのが、恐らく紀州の徳川吉宗を次期将軍に推す天英院派だと云われていますね。実は、尾州徳川家を推す間部詮房と月光院の二人こそが密通していて、絵島はそれをかばったようです。私もそんな気がします。故によくあるテレビの再現ドラマを見ると本当に馬鹿な歴史家とディレクターばっかりで面白くないですね。因みに、絵島はお隣の甲州の出身です。

徳川吉宗一人をとってもこれだけの人間模様が浮かび上がってきます。深いですね〜!

「信州そば」のルーツは、修験道にまで遡り、「行者そば」のスタイルを生み出し、江戸時代に「そば切り」となった訳ですが、大名のお国替えと蜘蛛の糸の様な歴史と人々が絡み合って、あたかも人生の一こまを垣間見るがごとき感がありますね。

はい、「蕎麦」を語るとは、実に奥深いものなんですね。

以上でした。

さて、この記事はお役にたちましたでしょうか?最後まで見てくれて読んでくれて有難うございます。そんなあなたに幸運が訪れますように!!この記事の情報提供は、大阪のグルメブログのオリジナル記事によるものです。これからも、真実の大阪グルメを追究して行きますので応援宜しくお願い申し上げます。

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コメント一覧

    • 6. ★帰ってきた酔いどれ吟遊詩人
    • 2009年07月20日 17:07
    • 更に、約38年前位の「必殺仕事人」で、博打は勝っても負けても決まった(二朱銀?)額、蕎麦は軽くだしというよりも、濃いつけ汁に軽く付け一口ですすっとすするという粋な男が登場いたしまして、それを見た仕事人(梅庵か、ひでか?)が粋だね〜と賞賛していたのを思い出しましたね。

      亡くなった桂春蝶か桂三枝(?)は、うどんが好きで、ほとんど噛まずに飲み込むのだそうです。この喉越しの感触を味わう訳ですね。

      故に、日本人の好きなキリン、サッポロ、朝日、エビスのラガー系ビールには、コーンスターチが採用されているんですね。

      近年は判りませんが、基本的に日本だけのはずです。日本人は、日本人の口に合うように改良したんですね。

      又、ひとつ記事が書けそうです。笑い^^!

      有難うございました。
    • 5. ★帰ってきた酔いどれ吟遊詩人
    • 2009年07月20日 17:06
    • ★今生さん、早速のコメント有難うございました。恐縮です!

      そうですか、そんな粋なおじいさんがいらっしゃいましたか!そんな人が東京にはまだいるんでしょうね。

      ★落語にも出て来ますが、江戸っ子の粋な文化は常に蕎麦と共にあったんですよね。

      杉良太郎が伍代夏子と結婚する前後に、名古屋(?)に、蕎麦の店を出した時にも「当時の蕎麦屋で酒をだしていたんですよ!・・・」と熱く江戸文化と蕎麦文化のスタイルについて語っていたのを思い出しましたね。

      更に、約38年前位の「必殺仕事人」で、博打は勝っても負けても決まった(二朱銀?)額、蕎麦は軽くだしというよりも、濃いつけ汁に軽く付け一口ですすっとすするという粋な男が登場いたしまして、それを見た仕事人(梅庵か、ひでか?)が粋だね〜と賞賛していたのを思い出しましたね。

      ★又、800文字オーバーで消えるところでした。むかつく〜ライブドア!笑い^^!
    • 4. ★帰ってきた酔いどれ吟遊詩人
    • 2009年07月20日 01:27
    • ★オイデPaPaさん、コメント有難うございます!紹介とリンク誠に有難うございます!恐縮です!

      ★chihiさん応援有難うございます!

      そうなんですよね。地方の名産とか名物って、以外とマスメディアが演じる程、主張する程美味いというケースはすくないんですよね。

      しかし、島根県の蕎麦でしたか?笑い^^!
      だしは以外と甘辛く濃いほうですね。

      江戸時代からのご馳走が、現代の洗練された味と、競争力のふるいに掛けられた都会の接客に勝るはずはないのですが、時にマスメディアは持ち上げ過ぎますよね。笑い^^!

      ★参った。800文字オーバーでコメント返しが消えてしまいました。何でライブドアは記憶しないのか??怒りが・・・!!
    • 3. 今生
    • 2009年07月18日 15:12
    • 酔いどれ吟遊詩人 更科 そば 論考は大変勉強になり
      「更科の蕎麦を食わずして、そばを語るな」さらにそばを語れる
      そんな今生になれそうです。

      十番で蕎麦を食べていたとき蕎麦をうまそうにたべる爺さんが
      今も浮かんできますが“蕎麦を肴に一人酒!”
      いつかわっしもそんな爺さんになれたらそう思っていますが・・・
    • 2. chihi
    • 2009年07月18日 11:32
    • 深いですねぇ〜〜!!
      吟遊詩人さんの考察力には脱帽です。

      香川に住んでたchihiは、お蕎麦あんまり食べないんですが、たまに食べると、お店によって美味しさが全然違うのにびっくりします。

      更科そばや出石そばは美味しいと思うのですが、出雲そばがあんまり好きではないんですよね。
      本場島根で食べた出雲そばが美味しくなくて・・・
      やたらと甘みがありませんか?出雲そばって。

      たまたま入った店が悪かっただけかもしれないのですが、接客態度も悪かったのでトラウマになっちゃってます(涙)
    • 1. オイデPaPa
    • 2009年07月17日 22:36
    • 凄いです。
      「更科のそば」でここまで書けるなんて圧倒されます。うちの17日22:50更新のブログでリンク張らせていただきました。

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